内海唯花は少し黙った後、彼の言うとおりに行くことに決めた。レジから出ると親友に大きな声で言った。「明凛、ちょっと出かけてくる。店のことはあなたに任せたわよ。それと私のお姉ちゃんが来たら、私の代わりに慰めてあげて。今回の件、ちゃんとどうにかするから、彼女に心配しないでって伝えて」「わかったわ」牧野明凛は親友によく言い聞かせて、彼女が結城理仁と一緒に出ていくのを目で見送った。結城理仁の車に乗り、内海唯花は彼に尋ねた。「結城さん、メディア関係の友達がいるの?」「いるよ。君は彼らの助けが必要なの?」内海唯花は言った。「私、実家に帰っておじたちの家を撮ってこようと思って。もし第三者に証明できれば、もっと有利だと思うの。今私のおじや従兄弟たちがどんな仕事をしているのかわからないし」祖父母は今、彼女の両親が当時建てたばかりの家に住んでいて、彼女はこの二人の老人の住処の現状も撮る必要があった。どうしても少しずつ反駁していく必要があった。それから確固たる証拠も。今現在ネット民が彼女をどう貶そうが、彼女に関して激論を繰り広げようが、彼女は気にしなかった。結論は焦らず、とりあえずザワザワ騒いでいればいいさ。今あれらの噂を広めるために雇用されたサクラたちの勢いは、ネット民たちが彼女たち姉妹を罵る勢いを加速させていた。事が反転した時、利用されたと気づいたネット民たちは、さらに怒りを増して内海家の者たちへと向かうだろう。彼らが今彼女にやったことを、彼女は後できっちりお返ししてやるのだ。「俺は友人に君の従兄弟たちがどんな仕事をして、収入はどのくらいなのか調査してもらった。君があいつらの家の状況を撮って東京に戻ってきたら、当時の出来事を全て書き出したらいい。もし君が書けないなら、誰かを探して君の代わりに書かせるから。君は口頭でその話をしてくれたらいいよ」「ありがとう、誰かに代筆してもらわなくて大丈夫。別にツイッター文を書く必要はないの。お姉ちゃんは日記をつける習慣があって、当時のことは日記に書いてあるわ。その日記帳はまだ残してあるから、その日記に書かれていることを写真に撮ってネットにアップすればいいと思う。みんなに当時の出来事を知ってもらうのよ」「それから祖父母が、最初に両親の賠償金を分けて奪っていった時、私たちと一緒に合意書を作成したの。全
内海唯花はあっけにとられたが、笑って言った。「大変なことがあっても、それぞれ自分のことで精一杯な夫婦が多いわ。私たちみたいなスピード結婚の夫婦には感情もなにもないし、結婚してからたった半月足らずなのに。でもあなたが私と一緒に今回の件に立ち向かってくれて、本当に嬉しいわ」もしうまくいかなければ、今回のこの件は彼女の周りの人にも影響を及ぼすだろう。「お姉ちゃんと義兄さんは長く同級生で、何年も付き合ってから結婚して子供を産んだの。私たち姉妹が人気検索ワードに上がって、しかもよくない情報だと知ってから義兄の態度は悪くなったわ」結城理仁は少し黙ってから、口を開いた。「内海、君のお義兄さんと他の男を比べちゃダメだ。それじゃ他の男に対して不公平だよ。人それぞれ、一人一人の考え方は違うんだから」彼は佐々木俊介の唯月に対する感情が悪化したと思った。彼はただ妹の夫で、しかも本当の夫とは言えないような人だ。証拠がない限りは彼も佐々木俊介が不倫したとは強く言えなかった。ただ直感的に佐々木俊介はちょっと問題があるやつだと感じていた。「それもそうだね」姉の結婚は、唯花に愛や結婚そのものを少し受け入れがたくさせた。まあいい、彼女の夫とはまだ暮らしていける。ただたまに彼のやり方には、自尊心を傷つけられるような感じがあるが、重要なことに直面した時には、結城理仁は責任感が強かった。親友が彼女をからかってきたのを思い出した。彼女と結城理仁が半年で離婚する合意書にサインした以上、この半年間に夫婦間の情を育てる必要があるのか?「前方にサービスエリアがあるから、トイレに行ってくるか?ガソリンを入れないと」「うん」内海唯花は特に意見はなかった。数分走ると、結城理仁は車をサービスエリアの駐車場にとめた。夫婦は一緒に車を降りた。しかし結城理仁は手を洗ってすぐ車に戻り、九条悟に電話をかけた。九条悟が電話に出ると、彼は低い声で指示を出した。「悟、どんな手を使ってもいい、内海家の村にいる当時の内情に詳しいやつに唯花に代わって証言させてくれ」九条悟「......そんな簡単なこと、俺が一つ電話すればすぐ片付くさ」また小さいことに彼という最終兵器を使うとは。彼はすでに内海家の人間に関しては調査済だ。もちろん内海家の村人には接触していた。「奥さんはどうするつもり
「もちろん、おまえがお見合いに行って、スピード結婚したいというなら、もう一日多めにやってもいいぞ」九条悟はそのまま上司兼親友の電話を切った。 あいつを闇に引きずり込みたい!思い通りになんかなるか!結城理仁のスピード結婚は、彼のおばあさんから強制的にさせられたものである。結城おばあさんは内海唯花を気に入り、どうしようもないくらいで、自分の大切な孫の結婚ですら犠牲にするほどだった。九条悟に指示を出した後、結城理仁はまた車を降り、少し食べるものを買いに行った。内海唯花が車に戻ってくると、それを唯花に手渡して言った。「行って帰ってくるのにはまだ時間がかかるから、君は先に少し食べておけ。こんなことでお腹を空かせて胃を壊さないようにな」「あなたは食べた?」結城理仁は一声うんと返事した。彼は腹ペコにならないように適当に少し食べた。お腹いっぱいになりたかったら、このような軽食は彼の口には合わないのだ。彼が食べたというので、内海唯花は遠慮せずに食べた。そして、結城理仁は車を出し、内海唯花はお腹を満たしていた。内海家の村は東京から高速を利用して、車で一時間ちょっとかかる場所にあった。内海唯花は十年近く村に戻っていなかった。昔は姉妹二人、冬休みと夏休みには帰っていたが、帰るたびに祖父母に嫌な顔をされていた。彼女たちにご飯もあげなかった。だから自分たちで米や野菜を買ってきて作らなければならなかった。これはまだいい。最後のほうになると、祖父母は彼女たちの荷物ですら全て捨ててしまった。そして、彼女たちの部屋には燃料にする柴や雑用品を置き、彼女たちが帰ってきた時に寝る場所さえなかったのだ。両親が亡くなり、祖父母は彼女たちにとっては最も近しい血縁者だったのに、彼女たちを引き取ることはせず、両親が残した家を占拠し、彼女たちを追い出したのだ。姉妹はまだ若く村には基盤もなかった。誰かが彼女たちに同情しても、祖父母とやりあうような人はいなかった。彼女の祖母は特に気迫があり、誰かを罵ろうものなら、三日三晩罵り続けられる。村にはこのばあさんと、もめごとを引き起こそうとするような人はいなかった。お盆に帰って両親の墓参りをしたいと思ってもできなかった。かれらは姉妹が女の子だから、墓参りをさせないと言った。さらに自分勝手にある従兄を『養子』として両親の
内海唯花は素早く目じりの涙を拭き、そのおばあさんのほうを見た。すぐに相手が誰なのかわかった。「もしかして、玉置おばちゃん?」彼女の母親がまだ生きていた頃、母親と仲が良かったおばさんだった。「そうよ、帰ってきたの?」玉置おばさんは内海唯花にとても親切だった。「うちに来てちょっとお話する?」彼女は目の前の家を見て内海唯花に言った。「あなたのおばあさんは病気になって都内の病院で治療を受けてるって聞いたわ。おじいさんたち大勢で、都内に送って行ってたわよ。あの人たち小さい車で行って、よく知らない人は、おばあさんを連れて結婚式に行ったかと思っていたわ」「普段は彼らのあんな積極的な様子なんて見ないのに、あなたのおばあさんが病気になったとたん積極的になっちゃって、村人にただ見せかけのふりをしているだけよ」玉置おばさんはネットを見ないので、ネット上で騒がれていることは知らなかった。しかも数時間トレンドに上がっただけで、みんながみんな知っているわけではなかったのだ。「玉置おばちゃん、あの人たちは普段、祖父母には構っていないんですか?」「新年や祭日に果物でも買って、あなたのおじいさんとおばあさんに会いに来るくらいね。おじいさんは退職金と、あの時、あなたたちから分けてもらった大金があるから、おじいさんとおばあさんは生活に困ってないの。貯金は六百万から八百万くらいあるって聞いたわよ」玉置おばさんは、村の中のあの小さな別荘数棟を指差して唯花に言った。「あの別荘はあなたのおじさんたちのよ。あの人たちは村で一番お金持ちの家なの。あなたのおじいさんはいつも自分の子供や孫が能力があるって吹いて回るのが好きなの」「もし当時......こちらはあなたの彼氏さん?」玉置おばさんは、内海唯花のおじさんたちがこんなに良い生活ができるのは、当時二人の老人が両親を失った幼い孫娘たちから賠償金を半分持ち去り、自分の子供たちに分けたからだと思っていた。彼らはそのお金を資金にしてこのように成功できたのだ。今、内海唯花のおじさんたちの中に財産が二千万を超えていない者がいるだろうか?逆に内海唯花の家はどうだ。一家は没落し、家すらも占拠されてしまった。姉妹二人は長年なにも情報を得ていなかった。今日、内海唯花が帰ってきたのを見て、玉置おばさんは嬉しく、唯花に代わって憤慨した
「当時、あの人たちは言っていたわ。あなたたち両親の賠償金の半分を分けてくれれば、一生姉妹の二人から世話にもならないし、お墓のことも気にしなくていいって。それに、あなたのおばあさんの子供たちは、まだたくさんお金があるのよ。あなたたち姉妹がお金を出すまでもないの」「覚えておいて、あなたたちの両親が亡くなってすぐに、彼らはご両親の賠償金を分け始めて、あなたたちを引き取ることもせず、家も田畑まで占領したのよ。お墓参りにも行かせようとしなかったじゃない。お金を出さなくても悪いと思うことなんてないわ」玉置おばさんは内海唯花の母親と仲がよかったので、当然当時の出来事を知っていたのだ。当時、彼女のおじたちはお金を分けた後、彼女の両親が不慮の死を遂げたことを嫌がっていた。亡くなった時はまだ四十歳にもなっておらず、運が悪かった。病気のふりをしたり、言い訳をしたり、事後の処理を手伝いたくはなかったのだ。村長は見るに見かねて、彼らを叱り、指示を出してようやく彼らは嫌々ながらも事後処理を終わらせたのだ。「あの人たち人でなしよ」内海唯花が帰ってきたのを知って、玉置おばさんの家に足を運ぶ村人もいた。唯花の祖父母が村にいないので村人はそんなに怖くなかったからだ。当時のことについてはみんなそれぞれ言い分があって、話が止まらなかった。その話は全部内海姉妹に対する同情だった。結城理仁はこの人たちの話を全て録音しておいた。そしてネットで炎上した件についても村人たちに教えた。それにさっき彼らが話した内容も証拠としてそのネット記事に反撃する手段として使うことも伝えた。村人たちは結城理仁が録音していたことを知り、火あぶりの刑にでもあったような感覚だった。退路が絶たれると、彼らはどのみち内海家の人たちの恨みを買うのだから、いっそのこと良い人になろうと思い、内海唯花を手助けすることにした。そして、みんなはまた当時、内海家が姉妹に対して、どんなひどいことをしたのか話し始めた。これは全て結城理仁が録音して反撃をするための証拠だ。これと同時刻、東京都中心病院のとある病室で、内海おばあさんはベッドに座り元気そうにしていた。彼女は肝臓癌を患ったのだが、このおばあさんときたら気分が良さそうじゃないか。早期の癌なこともあり、なんともないような感じだった。内海おじいさんは妻に
「彼女たちがネット上で反論してこないか?」じじいは尋ねた。彼はネットに疎い。しかし、孫がネット上でツイートした内容は、でっち上げたもので事実ではないと知っていたので、彼は二人の孫娘が事実を包み隠さず投稿するのではないかと心配していた。そうなれば最終的に彼らは、金を巻き上げられないばかりか、面子を潰す羽目になってしまうのだ。「誰があいつらのことを信じるんだよ。ネット上のサクラをあんなに雇ったんだ。彼らがずっと情報を曝け出してる。彼女たちが出てきたって、すぐに怒り狂ったネット民たちから叩かれるのがオチだよ」じじいは言った。「智明、ばあさんの携帯から唯花にまた電話してみてくれ。彼女がそうなりたくないなら、すぐに金をよこせってな。唯月は結婚してるからそんなに金はないだろう。だから唯花から搾り取れるだけ金を巻き上げるんだ!」「彼女が千二百万よこせば、おまえのツイート文を消すと言ってな。じゃないと、彼女を社会的に殺して名誉もなくし、結婚できなくしてやるぞ」「じいちゃん、私たちは自分から動いたらだめだ。彼女たちから連絡が来るのを待とう。それで目的が達成できるんだから」内海智明はこのネット炎上によって、二人の従姉妹が彼らに連絡せざるを得ないと考えていた。じじいも考えた。確かにその通りだ。この件は先に動いたほうが負けになると。内海ばあさんは考えて言った。「あんたたちの使った写真は、たぶん彼女たちだって誰もわからないよ。ありゃあ十数年前の写真じゃないか。この間唯月に会った時、あのクソ娘母親にだんだん似てきた。唯花のほうは父親にそっくりだ」内海智明はどうしようもなく言った。「私たちが持っている写真はただこの写真だけなんだ。彼女たちが大人になってから連絡してこなかったから、最近の写真なんてあるわけないだろ」女の子は大人になると美しく変わるもので、二人の従姉妹の大人になった後の変化は著しいものだった。「ネット検索のランキングがどうして下がってるんだ?」内海智明はネット検索ランキングの順位が下がっているのに気づいた。数分ごとに更新すると順位が何位も下がっていく。もうすぐ検索ランキング外になりそうで、彼は急いで友人に電話をかけた。その理由を知り、内海智明はどうしようもなかった。「どうしたんだ?」じじいは心配して尋ねた。「検索ランキン
結城理仁は何も言わず携帯を内海唯花に手渡した。たくさんのネット民が内海唯花にメッセージや電話をかけてくるので、彼女の携帯は電池切れになり、彼女も静かに過ごすことができた。彼女のことを心配している人が連絡がつかないという不利な点もあったのだが。「誰?」「ばあちゃんだ」内海唯花は急いで携帯を受け取った。「おばあちゃん」「唯花ちゃん、おばあちゃんね、さっきネットに繋いで今ようやくあなたが困ってることに気づいたのよ。どう?何か手伝えることはある?構わずに理仁に言ってね。彼は社会人で何年も苦労してきたから、たくさん権力者に知り合いがいるんだから。こういう事は思いものままに処理できるわ。朝飯前よ」「あなたも遠慮しなくていいの、夫婦なんだからね。あの子がこんな小さい事も手伝わないなら、彼が帰ってきたらおばあちゃんがぶん殴ってやるわ」結城おばあさんは確かについさっき、ようやくこの件について知ったのだ。ただネットでのプチ炎上はあまり影響力がなく、結城理仁と神崎姫華とのゴシップ記事で埋もれてしまい、検索ランキングからは外れてしまった。彼らは自分の友人に頼ってリツイートするしかなくなり、今のところ影響力には限度があったのだ。おばあさんは、二番目の孫から可愛い孫娘が実家の親戚たちにいじめられているというのを聞いて知ったのだ。「おばあちゃん、大丈夫よ。おばあちゃんも言ったでしょ、これは小さな事よ、私もどうにかできるわ。でも、理仁さんもすごく手助けしてくれたの。今日一日中私に付き合ってくれたんだから」それを聞いて、おばあさんは笑って言った。「あの子ったら、良心と責任感はあるようね」心の中で内海唯花に何か困ったことがあると、孫はいつもそれを解決しているから、夫婦で一緒にいる時間が長くなれば、きっとお互いに愛し合うようになると思っていた。これは愛を育む絶好のチャンスじゃないか。孫は内海唯花の日々努力して向上する人柄に魅了されて、内海唯花は孫の冷たい仮面に隠された細やかな心遣いに気づくだろう。彼女は、この小さな夫婦が本当の夫婦になって、ひ孫を抱く予定だ。もちろん、おばあさんは実際には面と向かってそのようなことを言ったりはしないのだ。内海唯花を気遣った後、おばあさんは自分の孫に特に何も言うことはなく電話を切った。結城理仁は自分
佐々木唯月は言った。「うん、あれからなんだけど、あの人たちは良心的なフォロワーから助けてもらって、おばあさんは無事に入院して手術の日程まで決まったとか言ってた。ネット民は私たちのことを恩を仇で返す恩知らずな人間だとか散々罵ってたわ。おじいさんとおばあさんが苦労して立派な大人に育ててくれたのに、不孝者の姉妹だってね。おばあさんが病気になって入院しているのに、お見舞いにも来ない義理も人情もない冷たい人間だ。おじいさんとおばあさんにも、天国にいる両親にも顔向けできない最低な奴らだって」佐々木唯月は一日中家でネット上のコメントを読みながら、だんだん怒りが溜まっていった。自分の両親のことにも触れられて、更に憎しみが増していった。彼女の両親がまだ生きていた頃、おじさんたちよりも祖父母には孝行していた。しかし、両親が亡くなってから彼らは彼女たちにどのような仕打ちをした?「お姉ちゃん、あんなネット弁慶たちの言うことなんて気にしないで。ああいう人たちは本当のことなんか知らないで表面的なことだけ見て簡単に信じ込む奴らよ。自分が利用されてるってのに全く気がついていない。自分は正義感溢れる善良な人間だと思ってる。でも彼らは誰かの駒になって無実の人を傷つけているなんて知りもしないんだから」ネット上の物事は、いつだって180度方向がコロコロと変わるものだ。内海唯花は今までそういうのをたくさん見てきた。この時、結城理仁が低く落ち着いた声で言った。「内海さん、君のおばあさんはネット民からの手助けで入院できたんじゃないぞ。あいつらは自分で費用を払い、入院手続きし、手術を受けることになったんだ。そのネット上に書かれているのは、あいつらが自分で勝手に書き込んだものなんだ」姉妹は彼の方を向いた。結城理仁は説明を加えて言った。「俺が君と一緒に君の故郷に行っていた時、サービスエリアで電話して俺の会社と付き合いがある木下社長に調査を依頼したんだ。彼は君の親戚たちはとても良く過ごしていると言っていたよ。君の祖父母、おじ、いとこ、みんな病院からそう遠くないホテルに泊まっているようだ。そんなことをするのは、どうせ君たちにお金を出させるためだろうな」神様は不公平だ。あのような一族たちを世間にのさぼらせているのだから。お金はあるが、良心は皆無。15年前二人の孤児をいじめ
「唯花さん、どうしたんだ?」理仁は彼女の異様な様子に気づき、急いで近寄ってベッドの端に腰をおろした。そして手を伸ばして彼女の身体に当て心配そうに尋ねた。「具合が悪いの?」「お腹が痛いの」「お腹が?もしかして夜食を食べた時に、食べ過ぎで痛くなったの?」唯花は彼をうらめしそうに見ていた。「違うの?だったら、どうしてお腹が痛くなった?」唯花は体の向きを変えて彼に背を向けた。「あなたにはわからないわ。ちょっと横になって我慢してたら良くなるわよ」理仁は眉をひそめた。彼は立ち上がって、すぐに腰を曲げ唯花をベッドから抱き上げた。そして整った顔をこわばらせて言った。「俺には医学的なことはわからない。でも医者にならわかるだろう。病院に連れて行くよ。我慢なんかしちゃだめだ。もし何かおおごとにでもなったら、後悔してももう遅いだろ」「病院なんか行かなくていいの。私はその……月のものが来ただけよ。だからお腹が痛くなったの」理仁「……月のもの……あ、あー、わ、わかったよ」彼は急いで唯花をまたベッドに寝かせた。「どうして痛くなるんだ?」彼は女性が生理中にお腹が痛くなるということを知らなかった。彼の家には若い女の子はいないのだ。両親の世代には女性がいるが、若い女性には今まで接したことがない。そう、だから本気でこんなことは知らなかったのだ。唯花が生理になった当日は、彼は彼女にジンジャーティーを入れてあげたが、あれは彼が以前、父親が母親にそのようにしてあげていたのを見たからだった。それで女性は生理中にはジンジャーティーのようなものをよく飲むのだと理解していた。「たぶん昼間たくさん動いたし、寒かったし、それで痛くなったんだわ。またジンジャーティーでも作ってくれない?」「わかった。暫く耐えてくれ。すぐに作ってくるから」理仁はすぐにジンジャーティーを作りに行った。キッチンで彼は母親に電話をかけた。「理仁、お母さんは寝ているぞ。何か用があるなら明日またかけてくれ」電話に出たのは父親のほうだった。「父さん、母さんを起こしてくれないか?ちょっといくつか聞きたいことがあるんだ」「聞きたいことって、今じゃないとダメなのか?言っただろ、母さんはもう寝てるんだって。彼女を起こすな。何だ、どんな問題なんだ?父さんに言ってみろ、解決できるかも
俊介はかなり怒りを溜めていた。一方、唯花のほうは今日、かなりスッキリしているようだ。夫婦二人が姉の賃貸マンションから出て来た後、唯花はずっと笑顔だった。理仁は可笑しくなって彼女に言った。「そんなに豪快に笑ってないでよ。お腹が痛くなるよ」「笑いでお腹が痛くなるっていうなら、ウェルカムよ。今頃、佐々木俊介はあの家に帰ってる頃よ。あいつ家に着いてどんな反応をしたかしらね?絶対入る家を間違えたって思ってるわよ。あはははは、あいつの反応を想像しただけで、思わず笑いが込み上げてくるわ。またちょっと大笑いさせて、あはははははっ……」理仁も彼女につられて笑ってしまった。そして危うく街灯にぶつかってしまうところだった。驚いた彼は急いでハンドルを切り、それをなんとかかわした。唯花もそれに驚いて笑いを止めた。安全運転になってから唯花は言った。「理仁さん、あなたの運転技術は如何ほどなの?下手なら、今後は私が運転するわ。私運転は得意なのよ。カーレースだって問題ないわ」「俺は18歳の時に免許を取ったもう熟練者だぞ。さっきはちょっとした事故だ、笑いすぎて集中力が落ちてたんだよ」唯花「……まあいいわ。もう言わないから、運転に専念してちょうだい」彼女は後ろを向いて後部座席に座っているおばあさんを見た。おばあさんが寝てしまっているようだから、夫に注意した。「おばあちゃん、寝ちゃったみたい。音楽をちょっと小さくして」清水はまだ唯月の家にいて、一緒に帰ってきていないのだった。理仁は彼女の指示に従った。そして唯花はあくびをした。「私も眠くなってきちゃった」「もうすぐ家に着くよ」「ちょっと目を閉じてるから、家に着いたら起こしてね」「君は一度目を閉じたら朝までその目を覚まさないだろうが。寝ないで、あと十分くらいだから。おしゃべりしていよう」唯花は横目で彼を見た。「あなたとおしゃべりしたら、優しい神様ですら飽きて寝ちゃうかもしれないわよ」理仁「……」暫くして、彼は言った。「唯花さん、俺は大人になってから、君を除いて俺にそんなショックを与えられる人間は一人もいなかったよ」「私は事実を述べただけよ」唯花は座席にもたれかけ、携帯を取り出してショート動画を見始めた。ショート動画によってはとても面白いので、眠気も全部消えてしまった。そし
俊介「……こんなにあるゴミも片付けてねぇじゃねえか!」唯月は可笑しくなって笑って言った。「私が当時、内装を始めた時には同じようにゴミが散らかっていたじゃないの。それは私がお金を出してきれいに片付けて掃除してもらったのよ。その時に使ったお金もあんたは私にくれなかったじゃないの。今日、それも返してもらっただけよ」「人を雇って掃除してもらったとしても、いくら程度だ?そんなちっぽけな金額ですらネチネチ俺に言ってくるのかよ」「どうして言っちゃいけないの?あれは私のお金よ。私のお金は空から降ってきたものじゃあないのよ。どうしてあんたにあげないといけないのよ。一円たりともあんたに儲けさせたりするもんか」俊介「……」暫く経ってから、彼は悔しそうに歯ぎしりしながら言った。「てめぇ、そっちのほうが性根が腐ってやがる!」「私はただ私が使ったお金を返してもらっただけよ。そんなにひどいことしてないわ。あんたが当時、自分のお金で買った家と同じものにしてやっただけでしょ」俊介は怒りで力を込めて携帯を切ってしまった。そして、携帯を床に叩きつけようとしたが、莉奈がすぐにその携帯を奪いにいった。「これは私の携帯よ、壊さないでよね」「クッソ、ムカつくぜ!」俊介はひたすらその言葉を繰り返すだけで、成す術はなかった。唯月の言葉を借りて言えば、彼女はただ自分が内装に使ったお金を返してもらっただけだ。彼が買ったばかりの家はまだ内装工事が始まる前のものなのだから、誰を責めることができる?「俊介、これからどうするの?」莉奈も唯月は性根の腐った最低女だと思っていた。なるほど俊介が彼女を捨ててしまうわけだ。あんな毒女、今後一生お嫁には行けないだろう。莉奈は心の中で唯月を何万回も罵っていた。「こんな家、あなたと一緒に住めないわ」彼女は豪華な家に住みたいのだ。「私もマンションは大家さんに返しちゃったし、私たちこれからどこに住むの?」俊介はむしゃくしゃして自分の頭を掻きむしって、莉奈に言った。「ホテルに行こう。明日、部屋を探してとりあえずそこを借りるんだ。この家はまた内装工事をしよう。前は唯月の好みの内装だったことだしな。また内装工事するなら、俺らが好きなようにできるだろ。莉奈、君のところにはあといくらお金がある?」莉奈はすぐに返事をした。「
「ドタンッ」携帯が床に落ちた時、画面がひび割れてしまった。俊介は急いで屈んで携帯を拾い、携帯の画面が割れてしまったことなど気にする余裕もなく、再び部屋の中を照らして見渡してみた。莉奈も携帯を取り出して、フラッシュライトで彼と一緒に部屋の状況を確認するため照らしてみた。豪華な内装がないだけでなく、ただの鉄筋コンクリートの素建ての家屋にも負けている。「俊介、やっぱり私たち入る家を間違えてるんじゃないの?」莉奈はまだここは絶対に自分たちの家ではないと希望を持っていた。俊介は奥へと進みながら口を開いた。「そんなわけない。間違えて入ったんじゃない。それなら、この鍵じゃここは開かないはずだ。ここは俺の家だ。どうしてこんなことになってるんだ?うちの家電は?たったのこれだけしか残ってないのか?」俊介の顔がだんだんと暗い闇に染まっていった。彼は食卓の前に立った。このテーブルは彼がお金を出して買ったものだ。この時、頭の中であることが閃いた。俊介はようやく理解したのだ。唯月の仕業だ。「あのクッソ女ぁ!」彼はどういうことなのか思いつき、そう言葉を吐きだした。「あいつが俺の家をこんなにめちゃくちゃにしやがったんだ!」俊介がこの言葉を吐いた時、怒りが頂点に達していた。莉奈はすぐに口を開いた。「早く警察に通報してあの女を捕まえてもらいましょう。賠償請求するのよ。あなたの家をこんなふうにしてしまったんだから、どうしたって内装費用を要求しなくっちゃ」内装費?俊介は警察に通報しようと思っていたが、莉奈の言った内装費という言葉を聞いて、すぐにその考えを捨ててしまった。そして、警察に通報しようとしていたその手を止めた。「どうして通報しないの?まさかしたくないとでも?まだあの女に情があるから?」莉奈は彼が電話をかけたと思ったらすぐに切ってしまったのを見て、とても腹を立て、言葉も選ばず厳しく責めるような言い方をした。彼女は自分が借りていたあの部屋はもう契約を解消してしまったし、全てを片付けて彼と一緒にこの家に帰ってきたのだ。ここに着くまでは、豪華な部屋に住めると思っていて、家族のグループチャットにキラキラした自分を見せつけようと思っていたというのに。結果、目に入ってきたのは素建ての家屋にも遠く及ばない廃れ果てた家だったのだ
「私たちの家は何階にあるの?」「十六階だよ」俊介は莉奈のスーツケースを車から降ろし、それを引っ張って莉奈と一緒にマンションの中へと入っていった。エレベーターで、ある知り合いのご近所さんに出くわした。彼らはお互いに挨拶を交わし、そのご近所さんが言った。「佐々木さん、あなたの奥さん、午後たくさんの人を連れて来てお引っ越しだったんでしょ?どうしてまたここに戻ってきたんですか?」「彼女は自分の物を引っ越しで運んで行っただけですよ」相手は莉奈をちらりと見やり、どういう事情なのか理解したようだった。そして俊介に笑いかけて、そのまま去っていった。なるほど、この間佐々木さんが奥さんに包丁で街中を追い回されていたのは、つまり不倫していたからだったのか。夫婦二人はきっと離婚したのだろう。唯月が先に引っ越していって、俊介が後から綺麗な女性を連れて戻ってきたのだ。もし離婚していないなら、ここまで露骨なことはしないだろう。「さっきの人、何か知っているんじゃないの?」莉奈は不倫相手だから、なかなか堂々とできないものなのだ。俊介は片手でスーツケースを引き、もう片方の手を彼女の肩に回し彼女を引き寄せてエレベーターに入っていった。そして微笑んで言った。「今日の午後、俺が何しに行ったか忘れたのか?あの女と離婚したんだぞ。今はもう独身なんだ。君は正式な俺の彼女さ、あいつらが知ってもなんだって言うんだ?莉奈、俺たちはこれから正々堂々と一緒にいられる。赤の他人がどう言ったって気にすることはないさ」莉奈「……そうね、あなたは離婚したんだもの」彼女は今後一切、二度とこそこそとする必要はないのだ。エレベーターは彼ら二人を十六階へと運んでいった。「着いたよ」俊介は自分の家の玄関を指した。「あれだよ」莉奈は彼と一緒に歩いていった。俊介は預けてあった鍵をもらって、玄関の鍵を開けた。ドアを開くと部屋の中は真っ暗闇だった。彼は一瞬ポカンとしてしまった。以前なら、彼がいくら遅く帰ってきても、この家は遅く帰ってくる彼のためにポッと明りが灯っていたのだ。今、その明りには二度と火が灯ることはない。「とっても暗いわ、明りをつけて」莉奈は俊介と部屋の中へ入ると、俊介に電気をつけるように言った。俊介はいつものようにドアの後ろにあるスイッチ
賑やかだった午後は、暗くなってからいつもの静けさへと戻った。唯月は結婚当初、この家をとても大切に多くのお金を使って内装を仕上げた。それが今や、彼女が当時買った家電は全て持ち出してきてしまった。そして、新しく借りた部屋には置く場所がなかった。彼女は中からよく使うものだけ残し、他のものは妹の家にではなく、中古として売ることにした。それもまた過去との決別と言えるだろう。唯月が借りた部屋はまだ片付けが終わっていなかったので、料理を作るのはまだ無理で、彼女はみんなを連れてホテルで食事をすることにした。そして、その食事は彼女がまた自由な身に戻ったお祝いでもあった。唯月のほうが嬉しく過去と決別している頃、俊介のほうも忙しそうにしていた。夜九時に成瀬莉奈が借りているマンションへとやって来た。「莉奈、これだけなの?」俊介は莉奈がまとめた荷物はそんなに多くないと思い、彼女のほうへ行ってスーツケースを持ってあげて尋ねた。「もう片付けしたの?」「普段は一人暮らしだから、そんなに物は多くないのよ。全部片づけたわ。要らない物は全部捨てちゃったの」莉奈はお気に入りのかばんを手に持ち、それから寝る時に使うお気に入りの抱き枕を抱えて俊介と一緒に外に出た。「この部屋は契約を解消したわ」「もちろんそれでいいよ。俺の家のほうがここよりもずっと良いだろうし」「あの人はもう引っ越していったの?」莉奈は部屋の鍵をかけて、キーケースの中からその鍵だけ外し、下におりてから鍵をそこにいた人に手渡した。その人は大家の親戚なのだ。「もう大家さんには契約を解消すると伝えてあります。光熱費も支払いは済ませてありますから。おじさん、後は掃除だけです。部屋にまだ使える物がありますけど、それは置いたままにしています」つまり、その人に掃除に行って、彼女が要らなくなったまだ使える物を持っていってくれて構わないということだ。おじさんは鍵を受け取った後、彼の妻に掃除に行くよう言った。俊介はスーツケースを引いて莉奈と一緒に彼の車へと向かい、歩きながら言った。「暗くなる前に、あいつから連絡が来たんだ。もう引っ越したってさ」同時に唯月は彼女の銀行カードの口座番号も送っていた。今後、彼に陽の養育費をここに振り込んでもらうためだ。そして彼女は俊介のLINEと携帯番号を全て削
理仁は悟のことを好条件の揃った男じゃなかったら、彼女の親友に紹介するわけないと言っていた。確かに彼の話は信用できる。一方の悟は、来ても役に立てず、かなり残念だと思っていた。彼が明凛のほうを見た時、彼女はみんなが荷物を運ぶのを指揮していたが、悟が来たのに気づくと彼のもとへとやって来た。そして、とてもおおらかに挨拶をした。「九条さん、こんばんは」「牧野さん、こんばんは」悟は微笑んで、彼女に心配そうに尋ねた。「風邪は良くなりましたか?」「ええ。お気遣いありがとうございます」唯花はそっと理仁を引っ張ってその場を離れ、悟と明凛が二人きりで話せるように気を利かせた。そして、唯花はこっそりと夫を褒めた。「理仁さん、あなたのあの同僚さん、本当になかなかイイじゃない。彼も会社で管理職をしているの?あなた達がホテルから出て来た時、彼も一緒にいるのを見たのよ」「うん、あいつも管理職の一人だ。その中でも結構高い地位にいるから、みんな会社では恭しく彼に挨拶しているよ」そしてすぐに、彼は唯花の耳元で小声で言った。「悟は誰にも言うなって言ってたけど、俺たちは夫婦だから言っても問題ないだろう。彼は社長の側近なんだ。社長からかなり信頼されていて、会社の中では社長の次に地位の高い男だと言ってもいいぞ」唯花は目をパチパチさせた。「そんなにすごい人だったの?」理仁はいかにもそうだといった様子で頷いた。「彼は本当にすごいんだ。職場で悟の話題になったら、誰もが恐れ敬ってるぞ」唯花は再び悟に目を向けた。しかし、理仁は彼女の顔を自分のほうに向けさせ、素早く彼女の頬にキスをした。そして低い声で言った。「見なくていい、俺の方がカッコイイから」「彼って結城家の御曹司に最も近い人なんでしょ。だからよく見ておかなくちゃ。結城社長の身の回りの人がこんなにすごいんだったら、社長自身もきっとすごい人なんでしょうね。だから姫華も彼に夢中になって諦められなかったんだわ」理仁は姿勢を正して、落ち着いた声で言った。「悟みたいに優秀な男が心から補佐したいと思うような相手なんだから、結城社長はもちろん彼よりもすごいに決まってるさ」「お姉ちゃんのために佐々木俊介の不倫の証拠を集めてくれた人って、彼なんでしょう?」理仁「……」彼は九条悟が情報集めのプロだということを彼女
部屋の中から運び出せるものは全て運び出した後、そこに残っている佐々木俊介が買った物はあまり多くなかった。みんなはまた、せかせかと佐々木俊介が買った家電を部屋の入り口に置いて、それから内装の床や壁を剥がし始めた。電動ドリルの音や、壁を剥がす音、叩き壊す音が混ざりに混ざって大合唱していた。その音は上の階や階下の住人にかなり迷惑をかけるほどだった。唯月姉妹二人は申し訳ないと思って、急いで外に行ってフルーツを買い、上と下のお宅に配りに行き謝罪をし、暗くなる前には工事が終わることを伝えた。礼儀をもって姿勢を低くしてきた相手に対して誰も怒ることはないだろう。内海家の姉妹はそもそも上と下の住人とはよく知った仲で、フルーツを持って断りを入れに来たので、うるさいと思っても住人たちは暫くは我慢してくれた。家に子供がいる家庭はこの音に耐えられず、大人たちが子供を連れて散歩に出かけて行った。姉妹たちはまたたくさん食べ物を買ってきて、家の工事を請け負ってくれている人たちに配った。このような待遇を受けて、作業員たちはきびきびと作業を進めた。夕方になり、外せるものは全て外し、外せないものは全て壊し尽くした。「内海さん、出たごみはきれいに片付けますか?」ある人が唯月に尋ねた。唯月はぐるりと一度部屋を見渡して言った。「必要ありません。当初、内装工事を始めた時、かなりお金を使って綺麗に片付けてもらいましたから。これはあの人たちに自分で片付けてもらいます。私が当初、人にお願いして掃除してもらった時に払ったお金とこれでチャラになりますからね」唯花は部屋の中をしげしげと見て回った。壁の内装もきれいさっぱり剥がして、床もボロボロにした。全て壊し尽くしてしまった。姉が掃除する必要はないと言ったのだから、何もする必要はないだろう。これは佐々木俊介たちが自分で掃除すればいいのだ。「明凛、あなたの話を聞いてよかったわ。あなたの従兄に作業員を手配してもらって正解ね。プロの人たちだから、スピードが速いのはもちろん、仕上がりもとても満足いくものだわ」明凛は笑って言った。「彼らはこの道のプロだから、任せて間違いなかったわね」「彼らのお給料は従兄さんに全部計算してもらって、後から教えてちょうだい。お金をそっちに入金するから」明凛は頷いた。「もう従兄には言ってあ
「あ、あなたは、あの運転代行の方では?」唯花は七瀬に気づいて、とても意外そうな顔をした。七瀬は良い人そうにニカッと笑った。「旦那さんに名刺を渡して何かご用があれば声をおかけくださいと伝えてあったんです。仕事に見合うお給料がいただければ、私は何でもしますので」唯花は彼が運転代行をしていることを考え、代行運転の仕事も毎日あるわけじゃないから、アルバイトで他のことをやっているのだろうと思った。家でも暇を持て余して仕事をしていないのではないかと家族から疑われずに済むだろう。「お手数かけます」「いえいえ、お金をもらってやることですから」七瀬はそう言って、すぐに別の同僚と一緒にソファを持ち上げて運んでいった。明凛は何気なく彼女に尋ねた。「あの人、知り合い?」「うん、近所の人よ。何回か会ったことがあるの。普段は運転代行をしているらしくて、理仁さんが前二回酔って帰って来た時は彼が送ってくれたのよ。彼がアルバイトもしてるなんて知らなかったけどね。後で名刺でももらっておこう。今後何かお願いすることがあったら彼に連絡することにするわ。彼ってとても信頼できると思うから」陽のおもちゃを片付けていたおばあさんは、心の中で呟いていた。七瀬は理仁のボディーガードの一人だもの、もちろん信頼できる人間よ。人が多いと、作業があっという間に進んだ。みんなでせかせかと働いて、すぐに唯月がシールを貼った家電を外へと運び出した。唯月と陽の親子二人の荷物も外へと運び出した。「プルプルプル……」その時、唯花の携帯が鳴った。「理仁さん、今荷物を運び出しているところよ」唯花は夫がこの場に来て手伝えないが、すごく気にかけてくれていることを知っていて、電話に出てすぐ進捗状況を報告したのだった。理仁は落ち着いた声で言った。「何台かの荷台トラックを手配したんだ。きっともうすぐマンションの前に到着するはずだよ。唯花さんの電話番号を運転手に伝えておいたから、後で彼らに会って、引っ越し荷物を義姉さんの新しいマンションまで運んでもらってくれ。もし義姉さんのマンションに置く場所がなければ、とりあえずうちに荷物を置いておいていいから」彼らの家はとても広いし、物もそんなに多くないのだ。「うん、わかったわ。理仁さん、本当にいろいろ気を配ってくれるのね。私たちったら